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HAPPINESS NOTE

都市と自然が交差するライフスタイル日記

丸木美術館

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作品が増える度に増築していった様子を外側からもうかがい知れます
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入り口。建物全体の大きさからすると何とも小さな木の扉。
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都幾川。魚も泳いでるよ
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生前、制作場所としても使われていた建物。今は休憩所として利用出来ます
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周囲の自然を一望できる

埼玉県東松山市にある丸木美術館に行ってきました。
丸木美術館は、故丸木位里さんと俊さんご夫婦の作品を収蔵する個人美術館です。とはいえ、お二人のことを知らない方も多いのではないでしょうか。実は私も原爆をテーマに絵を描いていた画家夫婦、というぐらいしか知らなかったのですが、美術館を訪れて驚き、また、感動しました。

1945年、広島で原爆直後の広島を目の当たりにしたお二人は、人が人を無差別に殺す戦争・原爆の愚かさを後の世に伝えていくために、1947年、原爆をテーマにした絵を描くことを決意しました。位里さんは原爆を描こうと思った理由をこう言っています。「誰が描いてもいいのだが、誰も描こうとしないので自分達が描いた」。
当時はGHQから原爆に関する絵を描くことが禁止されていたのだそうです。そして、最初に夫婦共同作業で描いた作品は「幽霊」。全身の皮膚が焼けただれると、人は誰でも手を前に伸ばす格好になるとのこと。まるで幽霊のような姿になることからこの題名になったそうです。180cm×720cmの大作です。
その後14枚の原爆の図を夫婦共同で描くことになります。後年、二人は原爆の図だけでなく、人が人に対して犯した重大な過ちを描いていきます。アウシュビッツ、南京大虐殺、太平洋でのアメリカの水爆実験、沖縄、水俣、三里塚、、、。アウシュビッツの図はなんと276cm×1490cmの作品。10mぐらい離れないと絵の全体を見渡すことは出来ません。この一枚の絵を描くのに、二人はどれだけのエネルギーを費やしたのか。比較するのも何ですが、私の好きな岡本太郎よりもエネルギーを感じます。凄いアーティストなのです。お二人の作品には、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、オセアニア、中国など、世界中から展覧会開催の依頼が寄せられました。それは原爆というテーマからだけではなく、アーティストとしての独創性と、反原爆、反戦、反原子力を生涯つらぬき通したその徹底した生き様に対する敬意だったのだと思われます。

こんな凄い作家夫婦が生涯をかけて描いてきた作品が丸木美術館に収蔵されています。しかし、この美術館は、市からの援助を受けることもなく、ボランティアと有志からの支援金で細々と運営されているのです。こんな身近に戦争の痛ましさを知ることのできる施設があるのに、市内の小学校が授業で訪れることもないのだとか。一体、県や市は何を考えているのでしょう。私の家内は隣町が実家なのですが、案の定行ったことがないのだとか。「怖いところ」というイメージがあったようです。

九州出身の私からみると、どうも関東は原爆についての関心が薄いような気がします。私が小学生の頃は、夏休みに登校日が何日かあり、長崎に原爆が落とされた8/9は必ず登校日になっていました。その日は犠牲者・戦没者に黙祷をささげ、原爆や戦争についての授業をうけていました。この登校日の事は今でもよく憶えています。子どもにとって印象深い一日でした。また、修学旅行で長崎の原爆資料館に行ったときの事は忘れることができません。戦争は怖い、原子力はおそろしい、と心に刻まれることが、平和への第一歩なのだと思います。

子供達への平和教育は何よりも重要です。でも生きた教育でなければ効果も期待できないかもしれません。怖い、からこそ心に刻まれる。今回一緒に行った小4の息子は「怖いから早く出よう」と私の手を引っ張っていました。子どもはそれでいいのだと思います。関東でそういう生きた平和教育をする上でも、広島、長崎から遠く離れた東松山に丸木美術館がある意義は大きいはずです。雑木林の中にポツリと建つこの美術館が、少なくとも地域の小学生は一度は訪れる美術館として、今後も末永く運営されることを心から祈っています。

丸木位里、俊ご夫妻に関する写真集や本を購入してきました。ギャラリーにおいていますのでよろしければご覧下さい。機会があれば、ぜひ丸木美術館を尋ねて見てください。近くに都幾川が流れる、素敵な場所です。この地を、ご夫婦もとても気に入っていたそうです。

丸木美術館HP
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